憲法・刑法をメイン素材として【論点】を巡る学説を可能な限りシンプルに分析したり、【過去問】の分析などをしてます。 理系からロースクールに入学した女学生・【神渡(カント)さん】と、男性教授・【玄人(クロード)先生】の対話などを主として物語は進みます。 単に学説を分析するだけではなく、その分析結果を過去問や判例の理解にどう活かせるかについても検討する予定です。

結果無価値論からの「共犯処罰根拠」の基礎付け【対話】司法試験論点分析・”暗黒の章” 共犯論6

流相: 「共犯独立性説」は「主観主義刑法理論」を前提とする考えだから、採用することはできない。
 「客観主義刑法理論」からは「個人責任原則」に立脚した「共犯の処罰根拠論」をどう導き出すのですか?

玄人: それには、そもそも何故、共犯借受犯説が主張されたのか?を知る必要がある。

阪奈: ”実行行為”を強調しすぎたのだと思います。

玄人: そうなんだ。
 ”実行行為”をする正犯が処罰され、実行行為をしない者は処罰されない、と考えると「共犯借受犯説」で「共犯の処罰根拠」を議論することになるだろう。
 平野先生は、そこを批判した。
 その視点が・・・

流相: 「結果無価値論」ですね?

玄人: そう。
 「法益」の侵害を重視する「結果無価値論」という視点から「共犯の処罰根拠」を基礎付けたんだ。
 具体的には、

「正犯の行為を通じて」結果が発生した場合(平野龍一「刑法 総論Ⅱ」(有斐閣、1975年)345頁)

玄人:と書かれている。
 つまり、共犯が処罰されるのは、正犯から可罰性を「借り受ける」からではなく、
”結果を発生させたから”
ということだ!

流相: 「因果的共犯論」ですね?

玄人: そうなる。
 しかも、「正犯の行為を通じて」の結果の因果的惹起だ。
 平野先生は、

共犯の概念は正犯の行為を概念的に前提とする(平野・前掲345頁)

玄人: その結果、平野先生は、正犯なき共犯を否定するわけだ。
 この平野先生の鋭い批判をきっかけに、「客観主義刑法理論」の中での「共犯の処罰根拠論」が大々的に展開されることになる。
 何故、”実行行為”をしない共犯が処罰されるのか?
 これをめぐって生じた議論が「絶望の章」「暗黒の章」としての「共犯論」の始まりなんだ。

神渡: ・・・
 い、今から始まるのですか?

玄人: そうだ。

流相: え~~!

---次回へ続く---

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