憲法・刑法をメイン素材として【論点】を巡る学説を可能な限りシンプルに分析したり、【過去問】の分析などをしてます。 理系からロースクールに入学した女学生・【神渡(カント)さん】と、男性教授・【玄人(クロード)先生】の対話などを主として物語は進みます。 単に学説を分析するだけではなく、その分析結果を過去問や判例の理解にどう活かせるかについても検討する予定です。

「個人責任原則」に基づく「共犯の処罰根拠論」【対話】司法試験論点分析・”暗黒の章” 共犯論5

玄人: これからが「共犯の処罰根拠論」の始まりだ。

流相: いよいよ、「因果的共犯論」に突入ですね。

玄人: ・・・
 残念ながらまだだ!
 なんで途中をすっ飛ばすんだ?

流相: そうなんですか?

玄人: 「主観主義刑法理論」を貫くと、共犯も正犯と同じように処罰されるべきことになる。
 共犯否定論につながっていくんだ。
 しかし、「主観主義刑法理論」から共犯否定論を導き出す者はほとんどいなかった。正犯と共犯を区別している刑法典に真っ向から反するから。
 現実には、「主観主義刑法理論」からは、「共犯独立性説」が主張されたのだ。

神渡: 基本書にも載っていました。
 共犯が処罰されるのは、共犯者自身の行為とこれによって生じた結果について共犯者に責任があるから、ということですね。

玄人: そうなんだ。

流相: でも、それって「個人責任原則」の下では当然ですよね?

玄人: いや、「客観主義刑法理論」から主張された初めの「共犯の処罰根拠」といえるものは、実はそうではなかったといえる。

流相: どういうことですか?

玄人: 「共犯借受犯説」というのを聞いたことがあるかな?

流相: あるような気が・・・
 あっ、共犯の可罰性を、正犯から「借り受ける」、とする見解だっと思います。

玄人: そう。共犯の処罰は、正犯が可罰的だからということだ。
 今は亡き平野龍一先生はこう言っている。

共犯の行為それ自体は可罰的でないが、正犯の行為の可罰性が乗り移って共犯も可罰的となる・・・(平野龍一「刑法 総論Ⅱ」(有斐閣、1975)344頁)

阪奈: その説明だと、「個人責任原則」に反しますね。
 とうてい受け入れられる「共犯処罰根拠論」になっていません。

玄人: たしかにな。

神渡: 「個人責任原則」からすると、「共犯独立性説」が正しかったということですね。

玄人: そういうことになる。

流相: でも、「共犯独立性説」は「主観主義刑法理論」を前提とする考えだから、採用することはできない。
 「客観主義刑法理論」からは「個人責任原則」に立脚した「共犯の処罰根拠論」をどう導き出すのですか?

---次回へ続く---

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