憲法・刑法をメイン素材として【論点】を巡る学説を可能な限りシンプルに分析したり、【過去問】の分析などをしてます。 理系からロースクールに入学した女学生・【神渡(カント)さん】と、男性教授・【玄人(クロード)先生】の対話などを主として物語は進みます。 単に学説を分析するだけではなく、その分析結果を過去問や判例の理解にどう活かせるかについても検討する予定です。

【対話】司法試験刑法総論・原因において自由な行為の分析(7)

神渡 :たびたび質問ばかりで申し訳ないですが、同じ“構成要件モデル”でも分離説だと結果行為時に故意を要求すると思うのですが、何故でしょうか?
同視説と分離説の何が違うから故意の要否についての違いが生じているのでしょうか?

玄人 :相変わらず鋭い質問だなぁ。
誰か?

流相 :(分からん)

阪奈 :頑張ってみます!

流相 :(阪奈女史すごい)

阪奈 :分離説は、実行行為は原因行為と捉えますが、実行の着手時期は結果行為時だと考える説でした。
つまり、実行行為と実行の着手を分離する考えです。
この分離説は、同視説の処罰時期が原因行為時では早すぎると同視説を批判していますから、分離説の処罰時期は、行為者が結果行為に及んだ時に求めています。
ここまでは、私の考えは大丈夫ですよね?
玄人先生?

玄人 :うん、いいぞ!

阪奈 :この分離説からすると、実行行為時つまり原因行為時に完全な責任能力があっても、実行の着手がないと理屈上処罰することができません。
実行の着手を待って処罰するわけです。
しかし、実行の着手時(結果行為時)には、行為者は責任無能力に陥っているので、行為者を処罰することができません。
実行行為と実行の着手を同視する同視説でしたら、実行行為(原因行為)時に完全な責任能力があれば結果行為時の責任能力の有無を考慮することなく“原因において自由な行為”として行為者を処罰することができたわけですが、分離説では、そうは考えることができないのです。

流相 :そうだったら、分離説では、行為者を“原因において自由な行為論”で処罰することができない、という結論になるのでは?

阪奈 :本来はそうなるはずですが、原因行為時の完全な責任能力や故意と、結果行為時に故意があれば、合わせて1本として完全な責任を問うことができる、と分離説は考えているのだろうと思います。
佐伯先生は、「責任非難の対象となる実行行為は、原因行為と結果行為の双方にこれを一連一体のものとして認められることになるので、その責任は、原因行為時の責任と結果行為時の責任を併せたものとなる。従来から主張されてきた、結果行為時の減少している責任と原因行為時の完全な責任を「併せて1本」として完全な責任を問うことができるとする見解と、結論としては同じである。」とされています(『刑法総論の考え方・楽しみ方』<有斐閣、2013年>329頁)。

神渡 :つまりは、分離説は、処罰の対象となる行為を原因行為と結果行為の双方に求める見解で、同視説は、原因行為のみを処罰対象行為と捉える見解だという理解で良いのですか?

阪奈 :そうなると思います。

流相 :な~るほど!
そうですね。

神渡 :思考の順番としては、
(1)“例外モデル”は「行為と責任同時存在原則」に例外を認める見解で、責任主義の見地から妥当ではない。“構成要件モデル”が妥当である。
(2)しかし、“構成要件モデル”の同視説では処罰時期が早すぎて、この説も妥当ではない。
(3)“構成要件モデル”に立ちつつも、実行行為と実行の着手時期を分離する分離説で処罰を基礎付けるべきだ。
(4)しかし、実行の着手時(結果行為時)に責任能力のみならず故意すらないのに完全な処罰を認めてしまうと、同視説と同じだ。処罰される時期(実行の着手時=結果行為時)にある程度、責任非難をすることができる状態に行為者があることが必要だ。
とまあ、こんな感じなのでしょうか?

阪奈 :そうです、そうです。そういうことです(神渡さんすごいなぁ)。

神渡 :分離説は原因行為のみならず、結果行為も処罰対象行為とする考えで、「併せて1本」として完全な責任を問うわけですから、原因行為時の責任と結果行為時の責任に「併せて1本」とすることができるだけの密接な関係があることが要求されるわけですね?

阪奈 :あ、あぁ、そういうことになりそうですね。

神渡 :なるほどです。
だから、分離説は「原因行為と結果行為が一連一体のものと認められなければならない。」(佐伯・『刑法総論の考え方・楽しみ方』329頁)とか、「原因行為時の故意と結果行為時の故意との間に連続性がなければ、実行行為の一連一体性が認められないだろう。」(佐伯・『刑法総論の考え方・楽しみ方』329頁)とか言うわけですね。

流相 :(へぇ、そうだったんだ。議論が高度な気がするけど・・・。
ついていけてないなぁ、俺)

神渡 :しかし、分離説が、結果行為時の減少している責任と原因行為時の完全な責任を「併せて1本」として完全な責任を問う見解だということになりますと、“例外モデル”と大差ない気がするんですけど・・・
つまり、分離説は、“構成要件モデル”の1つの学説ですが、同時存在の原則の修正を認める“例外モデル”に発想が近い学説のような気がしてきました。

流相 :(またまた、難問を・・・)

・・・【対話】司法試験刑法総論・原因において自由な行為の分析(8)へ続く。

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