憲法・刑法をメイン素材として【論点】を巡る学説を可能な限りシンプルに分析したり、【過去問】の分析などをしてます。 理系からロースクールに入学した女学生・【神渡(カント)さん】と、男性教授・【玄人(クロード)先生】の対話などを主として物語は進みます。 単に学説を分析するだけではなく、その分析結果を過去問や判例の理解にどう活かせるかについても検討する予定です。

結果発生の危険性を排他的に支配する 【対話】司法試験論点分析◇刑法過去問講義-その10-◇平成26年度[刑事系科目 第1問]

玄人: ”実行行為”とは?

流相: えっと、犯罪構成要件の実現にいたる現実的危険性を含む行為です。

玄人: まぁ、”実行行為”の定義を巡っては様々な見解の対立があるが・・・

流相: 知ってます、知ってます。
 僕が今言ったのは、大塚先生の定義です(大塚仁『刑法概説(総論)[第三版]』(有斐閣、1997年)165頁)。

阪奈: 少し古いわねぇ、
 今は結果無価値論が学説上は優勢なのに・・・。

流相: 学説はそうかもしれないけど、判例実務は圧倒的に行為無価値論なんだよ!
 古いも新しいもないのさ!

玄人: まぁまぁ、今は学説を分析する場面ではない。
 色々学説の対立があるが、現在の”実行行為”の定義の最大公約数はなんだろうか?というのが質問だ。

阪奈: 最大公約数という点で言いますと、”危険性”という観点から”実行行為”を見ていくのが学説に共通するかと思います。

流相: あ~、実質的客観説ということだよね?

阪奈: そうね。

流相: でも、現在でも関西の方では形式的客観説的発想が強い気もするよ。

玄人: 言葉の上では流相が言ったように、形式的客観説を採用する学説もたしかにあるな。
 でも、その形式的基準を立てる際に、ある行為のどの時点で処罰に値する危険性があるかを考えた上で、その危険性をどういう形式的基準に落とし込むか?という思考を形式的客観説の論者はしているから、実質的には、”危険性”という観点から”実行行為”を見ていく、というのが、最大公約数と言って良いだろう。
 とすると、実行行為の支配という正犯は、結局どういうことになる?

流相: ”正犯”とは、危険性を支配すること、になります。

玄人: そうだ!
 で、”危険性”というのは、結果発生の危険性のことだから、”正犯”とは、結果発生の危険を支配すること、ということになる。

流相: 論理的にそうなりますね。

玄人: (c)排他的支配説は、作為”正犯”との同価値性に着目しているのだから、この説は、不真正不作為犯について、結果発生の危険性を支配した者を不作為”正犯”として処罰する、ということになる。

流相: なるほど~、だから、結果発生の危険性を排他的に支配した者に保障人的地位を肯定するわけですね?

神渡: あれ?
 ちょっと待ってください。
 たしか、山口先生は、支配領域に着目していますが、

排他性は過多の要求ではないかと思われる。(山口厚『刑法総論[第2版]』(有斐閣、平成19年)88頁)

神渡:とされています。
 (c)排他的支配説が流相君がさっき言ったように”正犯性”に着目した見解だとすると、”排他的支配”と排他性を除いた単なる”支配”とはどういう理由で対立しているんですか?

玄人: おぉ、良いところを突くねぇ・・・

---次回へ続く---

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